『明日に架ける橋』 ー築地大橋 開通ー

この度の「東京都中央卸売市場」の「場内市場」の築地から豊洲への移転に際し、去る11月4日日曜日に新規開通した環状2号線」の一部(築地~豊洲間)が開通しました。

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「築地の市場跡地」が気になる私は、その視察を兼ねて、先日、汐留から隅田川を越えて月島までを、ぶらり散策して来ました。


開通した暫定区間の中でも特に旧築地市場の敷地内区間はあくまで仮のルートのようで、築地サイドからの現在の入り口は、車は「青果門前交差点」と「青果門西口交差点」の2ヵ所、歩行及び自転車のルートは、「青果門西口交差点」からのみ通行が可能となっています。

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そしてそれに伴い、豊洲・晴海水域に架かる豊洲大橋、月島と晴海間の朝汐運河にかかる「黎明大橋」、そして築地と豊海を結ぶ「築地大橋」の3つの橋もめでたく開通しました。

「築地大橋」は隅田川最南端の第18番目の橋となります。

少し話が逸れますが、ここで隅田川に架かる橋の解説を。


現在、隅田川には18の橋が架かっており、北から『千住大橋』『水神大橋』『白髭橋』『桜橋』『言問橋』『吾妻橋』『駒形橋』『厩橋』『蔵前橋』『両国橋』『新大橋』『清洲橋』『隅田川大橋』『永代橋』『中央大橋』『佃大橋』『勝鬨橋』、そして『築地大橋』の順です。

一番の古株は、文禄3年(1594年)に開通した千住大橋、そしてこないだまで最も新参者だったのが、平成5年(1998年)に開通した中央大橋でした。

上空から見た「X」のフォルムがお洒落な「歩行者専用」という珍しい橋が、浅草の『桜橋』です。

隅田川花火の第一会場として有名でフォークソングの舞台にもなったのが言問橋、その南に位置する吾妻橋は、向島サイドのアサヒビール社屋上にある金色の泡のオブジェとの景観が印象的です。
そしてその南にあるのが隅田川花火の第二会場の『駒形橋』。昭和後期に再開された隅田川花火の第一回目から、私はこの橋の袂の駒形界隈で夜空に咲く花火を見上げていたものです。

そこからずっと南下して、川が汽水域から海水が強く混ざる区域にあるのが、私が住む明石町・湊町と、月島・佃を結ぶ『佃大橋』です。

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東京マラソンのゴールが有明だった頃は、この橋が後半の勝負どころとして注目を集めました。
この橋は私が生まれた頃はまだ無く、「佃の渡し」が庶民の脚として活躍していたんですよ。

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そしてこないだまで長らく隅田川最南端に位置していたのが、勝鬨橋
この度の市場移転の際も多くのターレ勝鬨橋を渡り、築地から豊洲に向かいましたよね。
戦前にできた橋ですが、かつては大型船が川を通行する際には中央部が跳ね橋のように開閉する珍しい可動橋だったんです。
築地の晴海通りにまだ都電が走っていた頃は、まだ橋が開いていたんですよ。

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そんな『勝鬨橋』から眺める南側には長らく橋はなく、視線の先にはいつも東京湾がありました。
その先に、豊洲に続く新たな橋ができた…それはまさにこの度の築地から豊洲への市場移転の象徴でしょうか…、新時代の到来をしみじみと感じさせられます。


さて、話を戻します。

まずは築地本願寺方面から新大橋通りを南下して旧築地市場を左手に進むと、まずは「旧青果門前交差点」に到着しました。

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そしてそこから更にしばらく行くと、「浜離宮恩賜庭園」の入り口前にようやく「旧青果門西口交差点」を発見、そしてその交差点を左折し「浜離宮恩賜庭園」前の運河沿いに続く道が暫定のルートです。

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晩秋の夕暮れ時、海へと続く汐留の運河を右手に、役目を終えて眠りについた旧築地市場を左手に見つつ、橋へと続く左カーブを道なりに歩を進めました。

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レインボーブリッジが視界から消える頃にたどり着いた橋の袂には、趣ある書体で「つきじおおはし」と刻まれていました。

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さあ、いよいよここから「築地大橋」です。橋から見渡す初めての景観にどんなものなのだろう…、胸の鼓動は高まるばかりでした。

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橋のスロープを登り中端にさしかかるあたりで、潮風に吹かれつつ東京湾や街並みの景観にシャッターを切り、人気の無くなった旧築地市場の佇まいを眺めていること数分のうちに、あたりはいつの間にか紫色に煙りはじめ、いつしか夕闇が空を支配し始めました。まさに、“秋の日は釣瓶落とし”ですね。

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そして築地大橋を渡り終えた頃にはあたりはすっかりと暗くなってしまったので、この日はこれで帰路に着くことに。豊洲大橋は、この次のお楽しみにすることにしました。

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今後、旧築地市場が跡地が整備されるにつて、現在通行できない築地大橋の北側の歩道も開放されることでしょう。
平成と新時代を繋ぐ「明日に架ける橋」の完成、それは遠い未来の話ではありません。北側の歩道を渡るその時は、いったい何という年号になっているのでしょうか。
その日が来るのが、今からほんとうに待ち遠しいなぁ…。